いつもパソコンやゲームの話題ばかりなのでたまにはこんな話題も。
結婚してもう5年が経つのですが、今でも忘れられない、そして嫁、親族から一定の期間をおいて未だにつつかれてしまう僕の結婚式での黒歴史について語ろうと思う。
タイトルの通り、僕は結婚式でやってはならない大失敗をやらかしました。そろそろ時効にしていただきたい。
結婚までの経緯
嫁さんとの出会い
僕は大学卒業後、家族の反対を押し切り役者の道に進んだ。オーディションを受け事務所に所属して、たまに来る映像の仕事をしながら主に舞台役者をしていた。昼間は舞台の稽古、夜はファミレスのバイト、お金が足りない時は派遣のバイトもしながら1年で3~4つくらいの舞台に出演しながら役者をやっていた。
とにかく出れる舞台、出演の話をもらった舞台にはスケジュールの許す限り最優先で出るようにして3年間続けて、ようやく事務所にも認めてもらえて主役を張らせてもらえるようになった頃に客演した舞台で嫁さんと知り合った。
当時は完全に舞台漬けで芝居のことしか考えていなかったので、嫁さんからデートの誘いを受けた時にそれがデートの誘いだったとは気づかなかった。なんたって生まれてこのかた1度も彼女が出来なかった童貞でしたから(当時26歳)。
舞台の本番を控えていて、それがデートの話だと気付いた時、舞台の本番が終わってから考えさせてほしいと頼んだのを今でも覚えている。
そうして舞台本番を終えた後、嫁さんとの交際がスタートした。
父方の祖父との別れ
嫁さんと交際がスタートした後も次の舞台のために稽古に参加していた。舞台の本番が1ヶ月以内に迫っていた時に、祖父の癌の進行が予想以上に早く、ほとんど意識がない状態になってしまった。
僕は、4歳まで祖父母と同居していて、離れて暮らすようになっても夏休み、冬休み、春休みと祖父母に会えるのを指折り数えていたほどに祖父母が大好きだった。
役者の世界ではテレビや映画、CMの仕事を受けたら休むことが許されない。その日の撮影のために用意されている多くのスタッフさんや出演者にかかっている金を考えればそりゃ当然だ。撮影を休むイコール2度と仕事がもらえないということ。たとえインフルエンザだったとしても行かなければいけない。そういう風に事務所から言われていた。
運の悪いことにちょうど祖父の意識がなくなってしまう頃に映像の仕事を受けていたために、帰省するのが遅れてしまい意識があるうちに祖父に会っておきたかったのに、その願いは叶わなかった。意識がなくなって亡くなるまでの1週間毎日病院へ通った。
今でももっと早くに、意識のあるうちに帰省しなかったことを後悔している。
役者を続けることへの迷い
普段僕は人前で絶対に泣かない。だけど、祖父の葬式の時だけは人目を気にせずに大泣きした。それだけ、祖父のことが好きだった。祖父の長男の長男である僕は、孫の中でも特別に思われていた。
幼いころから可愛がってもらっていたし、時には心をえぐられるほど手厳しいことを言われた。普通だったら言われたら嫌なことでも僕のために言ってくれた。いつだって腹を割って話してくれた。
祖父の愛情を小さいころから感じていた。
その祖父が亡くなった。
この頃から役者を続ける事に迷いが生じてきた。役者を続けていて今回みたいに映像の仕事を受けていたら親の死に目にすら会いにいけない。そもそもなんのために僕は役者をやっているんだろう?
祖父は生前、役者を目指す僕の事を心底心配していた。
僕が役者を続けた理由
僕が役者を続けた理由は2つだ。
1つは、自分が生きているという爪痕をこの世に残してやりたい。そして2つ目は、人を楽しませたい。
しかし、祖父が亡くなってからこう思うようになった。身内に心配かけさせておいて人を楽しませたいとか矛盾してるだろ、と。人を楽しませたいならまず身内からなんじゃないか?そして楽しませる前にまず安心させろと。
自分が生きているという爪痕を残すのだって、別に役者じゃなくても出来る。
この時、僕にとって一番大切なのは家族なんだとわかった。家族を取るか、役者を取るかと言われたら間違いなく家族を取る。3年間必死で役者を続けたけど、この時点で映画やテレビで売れていないのであれば、それは僕の実力不足。この先続ければチャンスもあるだろう。だけど、ここでの選択を誤ったら僕の一生にかかわる。
よし、役者を辞めよう。
半年くらい悶々と悩んで、この決断に至った。時間がかかり過ぎである。
そして結婚に向けて動き出す
この半年間悩んでいる間に嫁さんから結婚をしたいと言われた。本当に嬉しかった。いったい僕のどこがよかったのか今でも謎だけど、嬉しかった。なんたって童貞ですから。
このことも役者を辞める決断に至るのに影響を与えたと思う。
こうして、結婚資金を貯めるために役者を辞めて、携帯ショップでアルバイトとして働き始めた。なんで携帯ショップを選んだかというと、時給が良かったからだ。
大学卒業してからアルバイト経験しかなかった僕は、就活してもまともに面接すら受けれなかった。
アルバイトの中でも携帯ショップの店員は時給が1300円、昇給すれば1700円まで上がるため、手っ取り早くお金を稼ぐなら携帯ショップが良かった。当時はまだ携帯の利用者が飽和していない状態だったのでかなり携帯が売れていた。
3年間勤めて役者時代の借金を返済して、結婚指輪を買えるだけのお金を貯めた。
嫁さんのご両親へ挨拶
嫁さんの両親に挨拶しに行った時は本当に緊張した。
映画や漫画の世界のように、「娘さんをお嫁にください」って言いに行ってお義父様に門前払いされたり、殴られたり、殺されそうになるんじゃないかと内心ヒヤヒヤしていた。今まで役者をしていて、しかも今は携帯ショップの店員をやっているただのアルバイト。絶対に快くOKしてもらえるとは思えなかった。
「む、むすめさんと・・・け、結婚したいと考えてお、おります・・・。」
嫁さんの両親に話をしに行った時、僕は相当テンパってしまって、たぶん向こうのご両親には頼りない男だと思われたと思う。
「お前に娘を幸せに出来るのか?」
もしくは、
「アルバイトのくせに身の程を知れ!!」
きっとこんな言葉で返されるだろうと思ってた。何度も説得する必要があるだろうと踏んでいた。だけど、お義父さんに言われた言葉は全然想像していたセリフとは違った。
・・・
・・・
・・・
「お前たちが好きおうて結婚するなら親の俺たちに言うことはない。やってみなさい。」
お義父さんの温かい言葉に涙が出たのを今でも覚えている。
こうして、嫁さんのご両親にOKをもらい、着々と結婚式へと向けての準備を始めるのだが、この後大きな問題が発生する。
(次回へつづく)→ 僕の結婚式での大失敗、一生忘れない涙の結婚式②『結婚式延期編』